People who are related to interior インテリアンな人々 照明デザイナー LIGHTDESIGN INC. 東海林 弘靖さん
今回ご紹介するのは、"建築照明"の分野で世界的にも活躍されている「照明デザイナー」、LIGHTDESIGN INC.(有限会社ライトデザイン)代表の東海林 弘靖さん。自らを著書の中で"光の料理人"と呼ぶ、その仕事内容とは?
"建築照明"との運命的な出会いから、その後手掛けた仕事のエピソード、これから挑戦してみたいことまで、さまざまな話を聞かせていただいた。
長くこの業界に身を置き、今も第一線を走り続ける東海林さんの、まずは出会いの部分から話を進めていこう。
interior(n)interview 建築家としての強みになれば
中学生の頃は文学少年だったという東海林さん。と同時に、半導体をハンダ付けしてラジオを作るなど工作も得意だったのだそう。そんな文学・工作好きの少年が高校生となり、文学好きも、科学・技術好きも満たしてくれると考えたのが、"建築"だったのである。
「ローマのヴィトル・ヴィウスという人が書いた本に"建築家は、文学を愛し、音楽を奏で、詩を詠み、文学を学ばなくてはいけない"という一節があるのですが、それを読んで建築家ってカッコイイ!と思ったのです」
建築家に憧れた東海林さんが大学へ進学し専攻したのは、もちろん"建築"。建築家を目指して日夜勉学に励んだ。しかし勉強していくうちに「今後、建築家として自分はやっていけるのだろうか?なれる素質はあるのだろうか?」そう考えるようになっていった。
「自分が思い描いているような建築家の巨匠には、自分は程遠い...。人に負けない何か強みになることが必要なんじゃないか?と思うようになったんです」

スペシャルな建築家に...そう考えている頃、偶然出会った"建築照明"という言葉に惹かれ、東海林さんは導かれていくこととなる。それはある雑誌の特集記事がきっかけだった。
「鹿島出版会から出ている『SD』という建築雑誌で、新宿NSビルの特集を見たんです。そこで初めて"建築照明"という言葉、そしてジャンルがあることを知りました。"光も含めて空間をデザインする"建築照明ってカッコイイ!と思ったんです」
建築を設計する中で一緒に照明もデザインしていくという"建築照明"の考え方は、アメリカでは1950年代後半には確立されていたものの、日本に入って来たのは1980年初頭。1982年に完成した新宿NSビルは、日本で初めて建築照明の思想が取り入れられた建築物なのだそう。
新宿NSビルの設計を行ったのは、日建設計。そしてアメリカから有名照明デザイナー クロード・エンゲルが招かれ、照明デザインを担当したのだという。そして日本サイドの照明担当として携わっていたのが、TLヤマギワ研究所だった。
「雑誌で"TLヤマギワ研究所"の名前を見かけて、単純にそこへ行けばいいのかなと。そして実際に"照明をやりたいんです"と尋ねて行きました。そうしたらちょうど建築を勉強している人が欲しかったそうで、無事入社となりました」
当時を振り返り、「その時のモチベーションの勢いだけで行ってますよ」と笑う東海林さんだが、その時々の決断力には驚かされるものがある。
「この時点では照明についてしばらくじっくり学び、ゆくゆくは照明が得意な建築家になろうと考えていました。だけど照明について知れば知るほど、これは半端な気持ちではできないぞと。一生かけていこうと思いました」
こうして"建築照明"の世界にすっかり魅せられた東海林さんは、この道を究めていくこととなる。大学院の2年目、23歳の頃の出来事だった。

「TLヤマギワ研究所に入ったものの、建築照明についての知識はほとんどなかったので、基礎からみっちり教えてもらいました。今でもお世話になっている先輩デザイナー 面出 薫さんと出会ったのもここでした」
TLヤマギワ研究所では、照度・輝度・色温度など光の基礎知識から、照明器具の構造や光と人間心理との関係など、とにかく"光・照明"についてひたすら学んだそう。必要なスキルとしては、大まかに分けて、技術的な知識が7割、感覚的なアレンジが3割だと東海林さんは話す。
「計算することもありますし、物理的な思考も求められます。建築に関わる照明デザインは、とてもエンジニアリングな仕事ですね」
TLヤマギワ研究所で"光・照明"について一から学び、そして7年間働いたのち、東海林さんは新たな節目を迎える。
「先輩デザイナーの面出さんが独立されることになり、一緒に退職したんです。そして面出さんが新たに設立された、Lighting Planners Associates(ライティング・プランナーズ・アソシエイツ)で働くことになりました」
さらにそこで10年間働いた東海林さん。ここでも面出さんからさまざまなことを教えていただいたと振り返る。"建築照明デザイナー"東海林さんにとって、面出 薫さんとの出会い、そして面出さんから学んだことは、かけがえのないものだったのだということが伝わってきた。
そうして10年経った2000年に独立。東海林さんはご自身の会社、LIGHTDESIGN INC.(有限会社ライトデザイン)を設立した。それから11年が経過し、今に至るという。

"建築照明"に出会い、そこから照明デザイナーを志し、今もその道を究め続ける東海林さん。次の章では、東海林さんがこれまでに手掛けた仕事について、具体的にうかがっていく。
interior(n)interview 人の心をポジティブにする照明
東海林さんが建築・インテリアに関わる照明デザインをする中で心がけているのは、建築家やデザイナーとともに考えるということ。その中で「どうしたいのか?」をくみ取り、自分のアイデアを膨らませているのだという。照明デザイナーは光・照明の立場で、建築家らと一緒に建築を作っているというわけだ。
そんな東海林さんが今までに携わった仕事は数知れず。今でも年間40〜50のプロジェクトに携わり、その中から10〜15のプロジェクトが完成を迎えていく。現在進行形の東海林さんがこれまでで一番印象に残っているのはどんな仕事なのだろうか?
東海林さんいはく、「物の見方がフレキシブルになり、自分の中でひとつ転換になった」という仕事をご紹介いただいた。

「一番印象に残っているのは、2009年にOPENした『座・高円寺』という劇場で、建築家の伊東 豊雄さんとの仕事でした。気軽に集まることができるフレンドリーで温かみのある雰囲気の劇場なのですが、外観は鉄でできたテント小屋のような感じなんです。その不思議な雰囲気をより醸し出すために照明がどうあるべきか、イメージをいろいろと膨らませました」
そうして思いついたのは「木もれびのような光」。具体的にはどんなふうになったのだろうか?
「大小の丸いたくさんの光を散りばめて、空間を埋め尽くしたのです。そこを歩くと、ポッとステージの上に押し出されてしまったような...。ちょっとドキドキする不思議な空間になりました。
照明デザインの役割は、劇場に来てそこを通る人がどんな気持ちになるか?この空間がその人たちにとってどんな場所であると良いか?それを考えることだと思うのです」
「照明には、人の心に作用する力がある」とは東海林さんがおっしゃっていた言葉だが、まさにそこを訪れた人の気持ちをワクワクさせながら居心地の良さも提供する、そんな劇場に仕上がっているのではないだろうか。
こちらの『座・高円寺』は、2010年のIALDデザイン特別賞を受賞している。

また、伊豆・湯ヶ島の『arcana izu』というオーベルジュを手掛けた仕事にも、マイナスをプラスに変えた照明の力を感じるエピソードがある。
「フレンチが楽しめる全16室規模のオーベルジュで、グラフデコラティブモードナンバースリーが基本設計・デザイン監修をした仕事です。『arcana izu』のある湯ヶ島は雨が多いところなんですが、旅で訪れた時に雨だと、何だかガッカリしてしまいますよね。だったら雨の日こそ美しい景色を光で作ろう!と思ったんです」
雨がどんな感じで窓に映るとキレイか?どういう角度で煌めくと美しいのか?東海林さんたちは照明実験を実際に行って、それを編み出したのだそう。その結果、雨の日にしか楽しめない最高の景色が生まれたのである。
「"雨"という旅のうえではマイナスになりがちなことが、照明を組み込むことでプラスに転換できる。この『arcana izu』の仕事では、照明が持つ力を存分に発揮できたと思っています」
このほかにも、公共施設から個人の住宅まで、幅広く"照明デザイン"に携わる東海林さん。そんな彼にとって、照明デザイナー冥利に尽きるそんな仕事との出会いもあったのだそう。次はそのエピソードをご紹介したい。
それは、大阪にある『fujiya1935』というフュージョン料理のミシュラン2つ星レストランでの仕事。このお店の改装にあわせて、照明デザインを担当することになったのだとか。
「ここのシェフが『デリシャスライティング』(東海林さん著)のファンで、それがきっかけで依頼をいただきました。自分の料理をちゃんとおいしく見せる"おいしいあかり"を実現したいと。シェフの料理に対する姿勢や熱い想いに心を打たれ、お引き受けしました」
"おいしいあかり"とは、料理をおいしく見せることはもちろん、大切な人との食事の時間を豊かなものに、そしてリラックスしてくつろげる、そんな空間を作り出す光のことだ。このレストランには、"おいしいあかり"にこだわったシェフと東海林さんの想いがちりばめられている。
「隠れ家のようなお店で、入り口を入るとウェイティングスペースがあり、さらに進むと厨房の前を通って、2階のテーブルへと向かいます。全部で20席くらいでしょうか。そちらでいただく料理は全16品のコース。3時間くらいかけてゆっくり食べるのです。その時間軸に合わせて、ゆっくり照明が変化していく。そんな空間を作ってみました」
人は周りが暗くなると自然とリラックスしていくもの。そこで食事を進めていくにつれ、少しずつ店内の明るさを落としていくようにしたのだとか。
「照度計の数値では、食事を終える頃には最初のほぼ1/10くらいの明るさになっています。私も改装後こちらで食事をしてみましたが、感覚としては分からないくらい。気付かない間に心地良くなっている感じなんです」

おそらくこちらのレストランでのひとときは、大切な人とのとっておきの時間であることが多いだろう。その格別な時間を、最高の料理と空間でもてなしたい。シェフの素晴らしい心意気が伝わってくる。
またこれだけの空間が出来上がるまでには、東海林さんを思わず唸らせるようなシェフのあるひと言もあったのだという。
「大枠出来上がる頃に、シェフから"自分の料理、最高においしく見えますか?"と改めて尋ねられたんです。もちろんそのランプでも料理は充分おいしく見えました。でも実はもっと料理がおいしく見えるランプがあったのです。コストや今後のメンテナンスを考えて、一般的なハロゲンランプを選んでいましたが、ここまでプロフェッショナルな仕事をしているシェフが"最高"を求めているわけです。自分も照明デザインのプロとして、それに応えるべきなんじゃないかと。結果、もっとピュアな光を放つランプに変更しました。この時は正直しびれました」
料理と照明、それぞれのプロがタッグを組み、こだわり抜いた極上の空間。ぜひ機会があれば、皆さんも体感してみて欲しいと思う。
"照明デザイン"の世界でプロフェッショナルな仕事を続ける東海林さんにとって、照明とはどういう存在なのか。次はそのあたりに触れてみたいと思う。
interior(n)interview "照明"とは、力を持ったもの
東海林さんがこれまでに携わった照明デザインの仕事について、いくつかエピソードをご紹介させていただいたが、具体的にはどのように仕事が進められていくのか。その点についても教えていただいた。
「まず図面をもらったら、それに黄色えんぴつで光のイメージを入れていきます。ここから見たらこういうふうに光が入ってくるとか、いろんな視点で見ていきます。それをもとにイメージを膨らませたら、次は模型を作って光の検証です。実際に模型に光ファイバーを入れて光を与え、イメージとすり合わせます。そして光の配置が決まったら、配置図の作成、そして現場で必要に応じて実験などを行い、最終調整をして完成させるのです」
インタビュー中、模型での検証風景などの様子を拝見させていただいたのだが、細部まで非常に精巧に作られていて大変驚いた。建築は、間違ったからここやり直しということが効かない仕事。照明デザインももちろん同じだ。大変緊張感のある仕事だということを、こういうところからも実感した。

さて今回のインタビューでは、何度となく"照明とはポジティブなパワーを持ったもの"という言葉が出てきた。これまで東海林さんが手掛けた仕事のエピソードからもそれは伝わってくる。
そこで改めて東海林さんに"照明"についての想いを、ご自身の言葉で語っていただいた。
「これまでお話してきたとおり、光・照明とは、人の心にポジティブに作用するものだと思っています。そういう力が照明にはあります。その力を引き出すのが私の仕事。自分が関わることで、どれだけ照明の力を引き出せるか?ということを最近はよく考えています。
この仕事を始めた頃は、照明は"暗いところを明るくするもの"と思っていたんです。でも"明るくするもの=照明"ではないと気づいてからは、照明の本質について考えることも増えて来ました。また特にこの5年くらいで"暗さを作る照明"を追求するようにもなりました」
"暗さを作る照明"とは何だか相反するような気がするが、ただ明るくするのではなく、必要なところにだけ明かりがあれば良いということなのだ。
このように"照明"に対する想いが今でも進化を続けている東海林さんは、2011年春、1つ貴重な体験をなさったのだという。それはテレビのドキュメンタリー番組で、パプアニューギニアへ行った時のことだ。
「訪ねたある村では、ランプを灯すのにヤシの実の油を使っています。ヤシの実を搾って油を採るわけですが、採れる量はごくわずか。コップ1杯にも満たない量を1週間、集落のみんなで大事に使っているのです」
放送されたその番組を拝見させていただいたが、その時に搾っていたヤシの実は30個ちかくあっただろうか。結構な重労働で採れた油の量に、思わず驚いたほどだ。こうして採れた油に火が灯され、そこに家族みんなが集まる。わずかな明るさであるものの、彼らにとってそのあかりは"命の証し"でもあるというのだ。
「村の長老に、あなたがたにとって明かりとは?ということを尋ねました。その答えは"命の証し"。一日を無事に過ごせたことに感謝しながら、ランプに火を灯しているというのです。もしある家にランプに火が灯っていなかったとしたら、何かあったのか?と心配すると。その話を聞いた時には、思わずこみあげてくるものがありました」
光・照明の本質がここにあると語る東海林さん。私たちにとっての光とは?本当に必要な光とは?ということを改めて考えさせる番組だったのではないだろうか。

現在の私たちの暮らしには、たくさんの明るい光・照明が存在している。しかし、先の大震災を機に、この一様に照らす光が今見直され始めている。
「日本人は昔から、密教の作り出す空間や茶の湯のように光による上手な演出方法を知っていて、そういう感性を持っていると思います。経済成長の中でどこもかしこも明るく照らすようになりましたが、今それが見直されている。私たちはこの50年で少し遠まわりをしたけれど、また元来のように戻っていくといいなと考えています」
interior(n)interview 音楽のような光、"光楽"
前章の最後にもあったように、これから日本の照明文化は少し見直されていくことだろう。その時に、照明デザイナーが求められる機会も増えるのではと東海林さんは話す。だからというわけではないけれど、一般の人が"照明""電球"に興味を持つきっかけになれば...と『電球ソムリエ講座 〜アカデミー・デュ・ランプール』というのを今夏、開催したのだという。

「私はとてもワインが好きでワイン講座にも通っているのですが、ワインを選ぶソムリエっていますよね。そこからヒントを得て、ニーズやシーンに合わせて電球を選ぶ"電球のソムリエ"がいたら良いなと考えたんです。そこで広島の知人とともに、『アカデミー・デュ・ランプール』という電球ソムリエ講座を広島で開きました」
2011年6月末〜8月初めにかけて、全4回の講座。1回の講座は2時間で、東海林さんの講義と光のテイスティングなどが行われたのだとか。最終回には修了試験も行い、合格者は"電球ソムリエ初級"を認定されたのだそう。
「白熱灯、蛍光灯、LED...さまざまな電球がありますが、それぞれの個性や味わいを知って、もっと楽しんで欲しいと思ってこの講座を開講しました。結構皆さんすぐに電球の違いを当てられるようになり、驚きましたね」
前述の『fujiya1935』でのハロゲンランプのエピソードにもあったが、同じランプでも種類によって、光の味わいは大きく違うのだという。そういうことを実際に知るだけでも、照明を楽しむ幅はもっと広がりそうだ。
さて、照明デザインの第一線でご活躍されながら、照明に関する啓蒙活動も幅広く行っている東海林さんの挑戦は、まだまだ続きそうである。インタビューの最後に、これからのことについて尋ねてみた。
「今挑戦してみたいなと思っているのは、音楽のような光を作ること。私はそれを『光楽』と呼んでいるのですが、人の心に作用する光の環境を、もっと作っていきたいのです。
まだアイデアではありますが、将来的に音楽CDのように、その時の雰囲気や気分に合う光をソフトなどにして、広く提供できるようになるとおもしろいなとも思います」
『fujiya1935』のように時間軸で光が変化しながら、人がリラックスする時間をより快適にする。そのミニ版のようなことができればと考えているのだそう。
自分でその時々に合わせた照明を作るのも楽しいけれど、そういうサンプルがあると照明をもっと身近に感じるヒントになりそうだ。
より良い照明をもっと多くの人に味わって欲しい。そんな東海林さんの想いが伝わってくるようだった。

携わる照明デザインの仕事を通して、またより多くの人に照明を楽しんでもらうための普及活動を通して、照明の持つパワーを伝え続けている東海林さん。次にどんな「おいしい光」を考えていらっしゃるのか。その活躍からまだまだ目が離せそうにない。
LIGHTDESIGN INC.
東海林 弘靖
http://www.lightdesign.jp/
1958年生まれ。
工学院大学・大学院建築学専攻修士課程
修了。
光と建築空間との関係に興味をもち建築デザインから照明デザインの道に入る。
1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。光との出会いの感動を糧にして、超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。
また、日本初の試みLJ(Light Jockey)など実験的光のパフォーマンスなどにも挑戦している。
1984〜1990
TLヤマギワ研究所にて中島龍興氏、面出薫氏に師事。照明技術の基礎と実務経験を積む。この間、槇文彦氏、伊東豊雄氏、内井昭蔵氏、原広司氏などの建築家の照明コンサルタントとして従事した。
1990〜1999
面出薫氏らと共にライティング プランナーズ アソシエーツを設立。取締役に就任。
この年FISHER MARANTZ事務所にてアメリカを代表するライティングデザイナー、ポール・マランツ氏に師事。建築照明の極意を体得する。以降、面出薫氏の片腕として数々の建築照明を担当した。
2000〜
東京銀座に有限会社ライトデザインを設立。
ニューヨークのSMLightingDesignInc.と業務協力体制を結ぶ
東海林 弘靖さんのライフバランス
出社
社内外との打ち合わせをしたり、
現場へ足を運んだり
照明実験
日没後2時間くらいが
照明実験のゴールデンタイム
なのだとか
事務所に戻って事務作業など
帰宅
就寝
国内外問わず、出張で長期的に東京を離れて仕事をしていることも多いため、
その時々で一日の流れは、結構バラバラなのだそう(上記は都内にいらっしゃる場合のとある一日)。
東海林さんいはく「毎日違う流れのほうが、個人的にはいいですね!」とのこと。
東海林 弘靖さんへQuastion
- Q.
- 仕事の上で欠かせないものは?
- A.
- 照明デザイナーにとっての仕事道具なのですが、「サングラス」「照度計」「ストップウォッチ」「メジャー」です。どこへ行くにもこれらは必ず持って出かけます。

- Q.
- 気がつくと身の回りに集まっているものは?
- A.
- 懐中電灯です。小さいのから大きいのまで、さまざま集めています。

- Q.
- これから照明デザインの世界を目指したいと思っている方へメッセージをお願いします。
- A.
- 空間やインテリアなどいいなと思うものに触れた時に、メモしていくトレーニングをオススメしています。
どういう時間が流れているのか?どういう場所でどう感じたか?など、細かくメモしておくのがポイント。その際に、メジャーで測った"数値"を入れておいたほうが良いです。様子を言葉で詳しくまとめておくことで、見返した時に何か気付きがあるはずです。
東海林 弘靖さんの著書
『デリシャスライティング』(TOTO出版)
『日本の照明はまぶしすぎるー節電生活の賢い照明術』(角川oneテーマ21)


こちらから編集部へ感想・コメントが送れます。
気軽にメッセージをお送りくださいませ。お待ちしています!
※お送りいただいた内容はこちらには掲載されません。